kazuyanの大学院奮闘記

kazuyanが2006年4月から2008年3月まで通った中央大学専門職大学院(CGSA)のことを回想してみます。

⑦大学院で楽しかったこと。

こんにちは。Kazuyanです。

 

 ちょっとごたごたあってブログを書く気になれなかったのですが、ようやく落ち着いたので更新してみます。

 

 このテーマはほとんど尽きかけですが、あともう少し頑張ってみます。この大学院への挑戦はお金も時間も結構辛かったのですが、それに匹敵する、いやそれ以上に楽しく充実した日々を送れました。

 

 一番は仲間ですかね。会社の同僚や後輩でもなく、取引先でもなく、何ら利害に関係ない人達で、いろんな年代や職業の人がいて、一緒に授業を受けているだけで楽しかったですね。飲み会は更に楽しい時間でした。

 

 平日の授業終わりだと10時近くで、「30分だけ」とか「ビール1杯っだけ」とかが掛け声で、学校近くの立ち飲み屋に入るのですが、結局終電近くまであっという間でした。でも付き合いはみんなよかったですね。いつも5~6人はいたように思います。

 

 卒業が近づくと、節目節目で盛大な飲み会が開催されます。同じ学年50人近くいたと思いますが、半数ぐらいは来てたかな。この時ばかりは2次会、3次会と続き、明け方近くにタクシーで帰ることもしばしばでした。おかげで嫁さんからは「勉強しに行ってるの!飲みに行ってるの!どっち!!」と怒られました。

 

 授業自体もなかなか楽しかったですね。全部が全部というわけにはいかないまでも、ほとんど時間を感じさせない楽しい授業がいくつかありました。学部上がりの年配の教授の中には昔ながらの授業をしている人もいましたが、必須以外は好きな授業を取れましたので、総じて授業も楽しいものでした。

 

 あと食堂も楽しみの1つでした。学食があって、結構懐かしくて、平日の授業に入る前によく利用しました。特段美味しいという訳ではなかったですが、メニューとか雰囲気とか楽しめました。

 

 土曜日のお昼は近くの美味しいお店を食べ歩きました。四谷三丁目あたりまで、結構有名なお店がたくさんあって、みんなでブラブラ歩きながら散策しました。

 

 卒業後にはマラソンを趣味にしていた人が何人かいたので、休日に集まってみんなで走ってました。駒沢公園が多かったかな。終了後は近くでビールを死ぬほど飲んで、いやこうゆうのも楽しかった。今でもマラソンにだれか出る時は応援に行ってるみたいです。昨年の京都マラソンサロマ湖100kmマラソンは私も応援に行きました。同級生の一人がこの走ることをテーマに小説家デビューもしました。

 

 このように楽しい仲間と出会えたことが大学院の一番の成果ですかね。

 

 

 

 

 

⑥大学院で出会った人々

こんにちは。Kazuyanです。

このテーマ失敗かなと思い始めましたが、なんとか後数編書いてみたいと思います。

 

 今回は大学院で出会った人たちを紹介したいと思います。もちろん個人情報などは全く伏せてお伝えします。

 

 私が通っていたCGSAは会計系のビジネススクールでしたので、あまりメジャーな存在ではなかったですね。付き合えば味のある人たちが多かったなー。

 

 まずは最初に仲良くなった人、私より1つ年上でしたが、とにかく人格がすばらしい。若い人たちとの付き合い方もうまく、いろいろと勉強になりました。フルマラソンやトライアスロンなどに今も挑戦し、仕事にも全力投球で、同級生からも尊敬される存在でした。

 

 続いて、飲み友達の女性、私より少し若いぐらいかなー。この人とは良く飲んだ。飲みだすと中々帰してくれない困った人でもありましたが、この人がすごいのはファイナンスが大好きなところ。そういう関係の仕事をしていたわけではないのに、授業を受けて興味がわいて、難解なテキストを読み込んで、かなり高いレベルで理解していた。投資の仕事をしていた私もタジタジになるくらいでした。飲んで帰ってから夜中に、気になってファイナンスの理論書を開いていたそうです。飲んだら楽しいおばちゃんでしたが。

 

 企業派遣で来ている人は優秀な人が多かったですね。その中でもインフラ会社に勤める30代前半の青年は抜きんでてました。気さくで話題豊富で、文章も上手く、Wordの使い方もおしゃれでした。仕事も勉強も不眠不休で頑張る努力家で、その気力は素晴らしかった。何度かぶっ倒れてましたが。

 

 企業派遣で来ている人でもう一人、先ほどの彼と同じく三田にある大学の卒業でしたが、高校が兵庫県でも有数の進学校だったのでよく覚えてます。彼はとても真面目で、長い授業が終わっても、その日の要点をすぐさままとめていたり、とにかく授業を受ける姿勢が真剣そのもので、主席で卒業となりました。人間的にもいいやつで、彼ともよく学び、よく遊びました。

 

 学部から上がってくる人も何人かいて、地味な感じの若者が多かったのですが、優秀な若人が一人いました。見た目は金髪でチャラチャラ感ぷんぷんで、入学式の時こんなやつがいるのかと思ったぐらいですが、つきあってみるとナイスガイで、能力も高く、今は外資系でFA としてバリバリ頑張っているようです。

 

 他にも現役の弁護士や会計士もいました。編集をやっていて、今は新進気鋭の女流作家になった人もいます。大学院の同級生で結婚した人が一組、大学院を機に転職して人は二人かな。派手な人はあまりいませんが、みんな気のいい奴ばかりです。

⑤大学院で得たこと

こんにちは。Kazuyanです。

このテーマではネタがあると思っていましたが、そろそろ尽きた感が出てきました。

もう少し絞り出して書いてみます。

 

 大学院に通った2年間はとても大変でしたが、充実した2年間でもありました。卒業式のとき、もうここに通うこともないかと思うと寂しくなりました。

 大学院では本当によく勉強しました。知識の領域は広まりましたし、実務演習もあったので、多少のことはできる自信にもなりました。

 

 でも、転職して新たなチャレンジをするかというと、とてもとてもそんなレベルではないように思います。大学院で普通に学んだぐらいでは使い物にはならないですね。

 派生的なこと、たとえばエクセルの使い方とかは仕事に活かせました。他は知識として多少役に立つことがあったぐらいで、卒業できた充実感と自己満足が中心ですね。

 もう少し若かったら大学院で学んだことをベースに研鑽して何かにチャレンジしていたかもしれませんが、今回はそれが目的ではなかったんでね。

 

 それでは300万円かけて、たくさんの時間を使って、何か無駄だったように聞こえますが、自分では踏ん切りがついたように思えたし、とても充実感がありました。

 一番は、友人というか飲み友達というか、何のしがらみのない仲間がたくさんできたことですかね。卒業して10年近くなりますが、みんなのいる東京を離れているけど、付き合いは今でもあります。27年務めた会社の人とは辞めて5年も経つとほとんどつながりがなくなりましたが。

 

 今でも思い出すのは、授業後やテスト後の飲み会、楽しかったな。良く学び、よく飲んだ2年間でした。

 

 

 

④大学院の講義

こんにちは。ようやくこのシリーズを書く気になってきたkazuyanです。

今回は講義の概要を書き綴ってみます。

 

 私の通っていたCGSAはアカウンティングスクールの位置づけもあったので、会計系の講義が充実していました。他は、ファイナンス系、マネジメント系などの講義が準備されてました。

 

 講師陣は学部の教授からその筋の専門家、実務家など多彩な顔触れでした。学部の教授は学部の講義の延長線という感じで、あまり面白くない講義が多かったように思います。大学院専任の教授は講義内容に工夫があり、ビジネススクールらしい講義でした。

 

 会計系の講義は、公認会計士試験の1次試験免除も取得できることもあり、計算演習などの本格的なものから、マニアックな税務に関するものまで幅広く準備されてました。

 私もこの1次試験免除を取得しましたが、結局会計士試験は1度受験しただけであきらめてしまいました。一次試験免除に必要な単位はなんとか取得できましたが、電卓をたたくスピードで、本チャンの2次試験は絶対無理と痛感しました。

 計算演習の講義では毎回小テストがあって、正に計算の演習をするのですが、テストの開始と同時に受講生の電卓をたたく音が一斉に響き渡ります。私たち素人はこの音に圧倒されてしまいます。瞬時に問題のパターンを読み取って計算をスタートさせないと時間が足らなくなるような時間との勝負に、結局最後まで勝機を感じませんでした。

会計士取っても特にやりたいこともなかったしね。1次試験で免除にならない企業法で落ちてしまって2次試験にもすすめませんでした。受験料がもったいなかったです。

 

 会計系の講義はこの免除取得もあって結構な数履修しましたが、必修の大学院専任の教授の講義が面白かったぐらいで、後は免除取得のために履修したものがほとんどです。入学したときの目的でした管理会計の講義は結局受講しませんでした。学部出身の教授が担当していてあまり評判が良くなかったので・・・。

 

 ファイナンス系の講義は必修なものもあり、みんな苦労していました。私は投資の仕事をしていたこともあり、正直言って楽勝でした。でもあまり目的としていなかったので履修は最低限といった感じでした。

 現役の会計士の人も何人か来てました。何かファイナンス系の講義で企業価値を算出する授業があり、たまたまその会計士の後に座ったことがあったのですが、エクセルを使った演習をしていて、その人のエクセル処理が恐ろしく早く、かっこよかったのを覚えています。たぶん仕事で使っているのでしょうね。あれぐらい使えればスキルといえるのでしょうね。ファイナンス系の教授のエクセルの使い方もかっこよかったです。マクロをふんだんに使って。

 

 一番面白かったのはマネジメント系の講義でしょうか。大学院専任の面白い教授がいて、私よりも1つか2つ年下でしたが、その教授の講義は全て履修しました。講義名は「組織分析とコミュニケーション戦略」「マネジメント・セオリー」「リーダーシップと人材マネジメント」どれも面白そうでしょ。

 この領域の講義だと社会人経験があれば結構有利です。学部卒で上がってくる人も何人かいましたが、先ほどの計算演習などは全く敵わないけど、この領域だと社会人経験の知見が物をいいます。また受講していても面白かったです。講義も工夫されてましたしね。

 

 実際の業務で役に立ったという講義は実はあまりなかったんですね。残念なんですが。ただM&Aに関する講義は少し役に立ちました。その後経営企画部で第三者割当やTOBを経験するので・・・。

 

 1回の講義が約3時間、時間を感じないくらいに面白いものもあれば、計算演習みたいにクタクタになるもの、そもそも自分が興味あるものを履修するので、退屈で寝てしまうような講義はほとんどなかったですね。

 

 成績は19講義(76単位)履修して、すべて単位は取得できたものの、A評価はたった3つでした。薄く広く履修したのでしかたないですが。ちなみに終了必要単位は48単位で、履修できる最大数は20講義(80単位)ですからFULLに近く履修したことになります。

 

 大学院に通う場合は講義の内容がとても重要です。目的に適った講義があるか、また講師陣もその評判も確認したほうがいいですね。まじめにやっているか、形骸化してないかなど。CGSAはその点レベルが高かったと思います。著名な人だからと言って講義がいいとは限りません。

 

 

③大学院の1日

こんにちは。kazuyanです。

ブログを書くにしてはどうも文章が下手くそで嫌になりますが、これも練習と思い稚拙なままUPしていきます。

 

 続いて大学院の1日について書いてみたいと思います。思いつくままキーボードを叩いてますので、ちょっと話が脱線しやすくなりますが・・・。

 

 大学院の授業は平日18:30~21:40(途中10分休憩)まで、土曜日は朝の9:00から午前1コマ、午後2コマあって終了は19:00を越えてましたね。

 

 1学期で5つ講義が履修できるので、平日3コマ、土曜日2コマでフルで履修してました。1度土曜日に3コマ履修しましたが、これは結構ハードでしたね。なんで土曜日は午前と夕刻の2コマにして、間の時間は予習、復習に充ててました。

 

 さて、平日の授業ですが、18:30スタートなんで頭から授業に出ている人は少ないですね。遅れてくる人が多くいます。私は職場公認だったんで、授業のある日は早く出してもらえました。職場のある銀座1丁目駅から時間のある時は市ヶ谷で下りて防衛庁の前を20分程歩いて通いました。

 

 学校には食堂があったので、食事をしてから授業に入ることが多くなりました。終了まで何も食べないとちょっと辛いですからね。少し慣れてくると、授業が始まる時間でも食堂でまず飯を食べるのが日課になりました。

 

 最初の1か月程は授業が終わって真っすぐ家に帰ってました。しばらくすると仲良しグループができてきて、私も同年代の人3~4人で、ときどき飲んで帰るようになりました。

 

 2学期に入ると、講義の履修も合わせたりして、仲のいいメンバーで飲みにいくことが多くなりました。とにかく何のしがらみのないこの学校のメンバーと飲むのがとても楽しかったですね。ただ平日は授業の終了が21:40なんで、すぐに終電近くになっちゃいました。もちろん勉強もしっかりやってましたよー。

 

 学期の終わりにはもう少し大きなグループで打ち上げが開催されました。学期終了の達成感もあり、大いに盛り上がりました。大概は午前様でタクシー帰りだったと思います。

 

 土曜日は少し違った雰囲気です。勉強モードが強かったですね。特に午前の授業は集中できたので、がむしゃらに勉強できたと思います。3コマ入れた時は午後からが死にそうでしたね。終わったらクタクタでした。2コマの時は仲の良いメンバーでゆっくり昼飯食って、夕刻の授業まで自習室で勉強してました。意外と充実した感じがありました。

 

 こんな感じで週3か4で学校に通ってました。授業での拘束の外に、予習復習、課題(宿題)の発表など、結構な時間が必要となります。学期中(たいがい3か月)は授業のない日も夜遅くまで勉強してました。大阪出張が入った時は新幹線の2時間がとても有効に使えました。

 

 大学院に通っていた頃の生活はこんな感じでした。時間がなくてつらいこともありましたが、充実していて、何よりも大学の仲間と過ごす時間はとても楽しかったです。

次は授業の内容について書いてみます。

 

 

 

 

②学校選び

こんにちは。kazuyanです。

 

 毎日少しずつ書き綴ろうと思ってましたが、なかなか筆が進まず情けない気持ちになってます。気持ちを入れ直して書き進めることにして、今回は入学するまで、特に学校選びを、思いつくまま書いてみます。

 

 学校選びは殆ど迷いませんでした。その頃は東京勤務だったので、選択肢はたくさんありましたが、会計の勉強がしたかったのと、自分の今の学力で対応可能かとても不安だったので、カリキュラムを見て、このCGSAに決めました。

 

 投資の仕事を10年近くしてましたので、ファイナンス系の知識には自信があり、入試が論文と面接だったので、特に準備もなく合格できました。論文は、投資の仕事をしている時に必要性を感じていた損保会社の管理会計をテーマにしました。興味のある領域だったのでスラスラ書けたように記憶してます。

 

後程の感想ですが、この時の入試は割と広き門だったと思います。ブームも下火になりつつあったし、費用も結構かかるので・・・。この後はもっと広き門になっていたような・・・。

 

 余談ですが、その後財務企画部長に昇格し、実際に管理会計の構築に携わることになりました。コンサルも入れて本格的なものだったのですが、この大学院の時に管理会計の勉強をもっとしておけばと後悔したものです。意外と難解で、結局USGAAPのプロジェクトが入ったので後回しになってしまいました。

 

 金融商品など投資に関する知識は自信があったので、会計の知識を身に付ければ活躍の場が広がると思っていましたが、実際のビジネスで役に立つぐらいのスキルは、学校で学ぶだけではちょっと難しかったなというのが終了した時の感想です。

 

 1つの講義は3時間ぐらいの授業が13回あって、まずまず広い内容をカバーするのですが、それを身に付けようとすると、かなりの予習復習が必要で、1学期(セメスタといいます。)で2~3が限界です。私は楽しくいろんな領域に関わってみたいと思い、多くの授業を選択しました。授業さえ出ていればテストは何とかなり、単位は取れます。でも知識としては浅く応用は効かないでしょうね。このあたりは別の回で・・。

 

 次に費用ですが、どこもそんなに変わらなかったように思います。国立は少し安かったようですが、私の選択したCGSAは、1学期の授業料が65万円、それが4期ですから260万円、入学金が30万円で、本などの購入費を入れるとほぼ300万円、ちょっと高いかなと思います。

 

 設備は結構充実してましたね。あまり利用しなかったですが、大きな図書室もあり、自習用のPCルームも快適でした。この自習用のPCルームは予習復習によく利用しました。インターネット環境もあり、ブルンバーグも1台設置されていました。

 

 他の大学院は良く知りませんが、私の通ったCGSAはまずまず満足のいくレベルだったように思います。

 

次は大学院の1日を書き綴ってみたいと思います。

 

 

①プロローグ

こんにちは。

時間だけはたっぷりあるkazuyanです。

 

 今から10年程前の43歳の頃仕事をしながら大学院に通ってました。我ながら楽しく充実した2年間だったので、そのころのことを思い出してブログすることにしました。

 

 私が通っていたのは、当時曙橋から市ヶ谷方向に少し行ったところにあった中央大学専門職大学院国際会計研究科(CGSA)という学校です。今は無くなっちゃったけどね。

 

 古い建物だったんで元々は別のものだったと思われますが、ちょうど防衛庁の横で、裏手にはあの三島由紀夫が自殺した建物があり、窓から見えました。

 

 中央大学のアカウンティングスクールの位置づけでしたが、会計士を本格的に目指す人は別枠のカリキュラムがあって、全日制で人数も限られていたようです。私が通ったのはビジネススクール的なカリキュラムが多くある夜間と土曜日のコースで、こちらの方が人数は結構いました。春入学が60名ぐらい、秋入学が20名ぐらいだったと思います。

 

 同じ建物に中央大学のロースクールがあり、こちらの方は今もあります。ロースクールの方は生徒数も多く、学卒でそのまま上がってくる人が主だったように思います。若い人も多かったしね。テレビでコメンテーターしている野村修也さんもここの先生で、当時何回か見かけました。

 

 ここに2年間通いました。当時損害保険会社で経営企画部の担当課長というポジションにいたんですが、比較的時間の調整がついたので、仕事で授業に出れなかったことは少なかったですね。大阪出張の時ぐらいかな。

 

 この時のお話を何回かに分けて書き綴ってみたいと思います。